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大阪地方裁判所 昭和61年(わ)1996号 判決 1988年3月09日

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六一年五月一一日午前八時五〇分ころ、大阪府堺市大浜北町四丁目二番所在の堺市大浜公園東出入口付近において、機動隊員A(当時二二年)に対し、やにわに同人所携の金属製楯に体当たりして、楯の上部を同人の口部に突き当てる暴行を加え、よって同人に対し通院加療約三〇日間を要する上あご中切歯歯根膜炎等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、Aの傷害は、Aが所携の楯を振り払ったので、被告人は身の危険を感じとっさにAの楯をつかんだため、Aが驚き楯を引いた際楯上辺がAの口辺りに当たって生じたもので、被告人はAに対し暴行を加えていないし、仮に被告人の右所為がAに対する暴行に当たるとしても、被告人の右所為はAの危険な楯によるふり払いから自己の身体を守るためやむを得ずにしたものであって正当防衛行為である旨、それぞれ主張しているので、この点に関する当裁判所の判断を説明しておくこととする。

一関係証拠によれば、まず、次の事実が認められる。

Aは、大阪府管区機動隊第一三中隊に属する機動隊員巡査であって、本件当時釜ケ崎日雇労働組合(以下「釜日労」と称する。)の組合員を中心とした集団(以下「釜日労集団」と称する。)に対する検問実施のため、判示の場所で釜日労集団を分断する阻止線を形成していた。Aは、金属製の防禦楯を横にして持ち(右手で補助取手を左手で取手を握っていた)、阻止線の左端前列に位置し、釜日労集団内にいた被告人と対峙していたが、被告人が身辺に近付いたので楯を横に構えたまま上端がAの目の高さ辺りになるまで楯を持ち上げた。その瞬間、Aは衝撃を受けてのけぞり、一、二歩下がった。その際、楯の上端がAの口部に当たり、Aは判示の傷害を負った。そして楯を降して前を向くと被告人がいた。

以上の事実が認められる。そして、以上の事実からすれば、Aの楯に対し被告人がなんらかの有形力を行使し、そのため楯の上端がAの口部に当たったものとうかがえるわけである。

二ところで、被告人の弁解は前記の弁護人の主張に沿うもので、被告人が右上腕を上から振って機動隊の方に人差指を向けて抗議をしていた際、Aが楯をかなり強く上げてきたので危ないと思い、右手で楯を上からつかんで押えたところ、Aが楯を押してきたので、力を入れて止めた、するとAが楯を引いたので、被告人が楯から手を離すと、Aの引く勢いで楯がAに当たった、というものである。

そして、右弁解に沿う証人Bの供述も存する。

しかしながら、被告人が腕を上げて抗議をしてきただけでAが楯をかなり強く上げなければならない理由はないし、十分訓練された楯の扱いにも慣れているはずの機動隊員であるAが楯を両手で持って支えていた際に、被告人に楯を上から押さえられ止められていたとはいえ、楯を自分で引いただけで身をのけぞらせかつ冠歯等が折れる程に自分の口部にこれを当てるというのはいかにも不自然な感を免れず、被告人の右弁解及びこれに沿う前記B供述はにわかに措信し難いところである。

三そこで、関係証人の供述を更に仔細に検討してAの楯にいかなる有形力が加えられたかを見てみることにする。まず、証人Aの供述によれば、「被告人と対峙していると被告人が右こぶしを作り、右ひじを引いて右肩付近までこぶしを上げ、殴りかかってくるように見えたので、楯の上端が目の高さ位になるまで楯を上げた瞬間衝撃を受けた。楯は上げた瞬間左手で持っていた取手を軸に上側が自分の側に回転するようにしてその上端が歯に当たった。その後前を向くと被告人が体の右を前に出したような格好で立っていた。」旨述べ、Aの後に位置して同じく阻止線を形成していた証人Cは「被告人が右手を肩の付近まで上げ体の右を少し引き左を前にして殴りかかるような格好をしたのでAが楯を上げ、次に被告人が楯に当たったという感じでガーンという音がしてAは後にのけぞったのでAの背中を支えていた手に衝撃があった。」旨供述し、同じくAの後に位置した証人Dも「Aの右斜め後から見ていると、被告人はいきなり右手を肩の辺り位まで上げて右の方からAに体当たりするように迫った際、Aが楯を垂直に少し上げて構えた。その後被告人の頭が楯の方ヘドーンと当たってくるのが目に入り、ガーンと音がし、Aが押されるような感じでのけぞるような格好になり、同時に楯がAの顔の方向へ回転するような感じでAの口の辺りに上端部角が当たった。」旨ほぼ同旨の供述をしている。更に本件を横から目撃した証人Eは、「被告人がAの持つ楯に右肩で体当たりした。」旨明確に供述しているのである。右各証人の供述に不自然、不合理な点は存しないばかりか、右のとおり相互に符合することこそあれなんら矛盾する点はない。

そして、被告人が右手でこぶしを作り、右半身から体当たりするように楯に当たれば、訓練を受けていたAといえども支え切れず楯上端が回転するようにAの口部に当たって冠歯等を折損し、同人が身をのけぞらせることは十分に考えられるところであるから、右各証人の供述は十分信用することができると言うべきである。弁護人はこの点背の低い被告人が伸び上がりもせぬまま楯に当たって、楯の上辺が回転するということは通常考えられない旨主張すが、Aと被告人との身長差は六センチメートルに過ぎないのであって、被告人が右腕を肩位まで上げて右肩から体当たりするように楯に当たれば楯が回転してその上端がAの口部に当たることは十分に考えられるのであり、右各供述に不自然な点は存しない。

また、弁護人はE供述が「被告人が楯に当たり、楯が二五センチメートル位跳ね上がり、Aの顔付近に接触した。」旨供述している点を捉え、右Aらの供述と矛盾し、信用できない旨主張しているが、E供述は「Aが楯を胸の辺りに持っていた際に被告人が右肩から体当たりし、楯が跳ね上がった。当たる直前Aは楯を上げた。そこに被告人の右肩が当たり楯は上へ跳ね上がった。」旨述べているのであって、全体的にはAらの供述と矛盾しているわけではなく、ただ「当たった瞬間楯が跳ね上がった」という点が趣を異にしているに過ぎないのである。しかして、一瞬の出来事を目撃した供述については、他の供述とそぐわない部分が一部存したとしても全部の供述が信用し得なくなると考えるべきではない。同証人は「被告人が右肩から楯に当たった。」という核心部分については弁護人らの反対尋問にも耐えこれを明確に証言しているのであり、証言の右核心部分は十分信用できると言うべきである。

右各供述の信用性に関する弁護人のその余の主張を検討しても、これらの供述が措信できるという結論は左右されない。

四従って、右A、C、D、Eの各供述を総合すれば、本件Aの傷害は判示のとおりの被告人の暴行によるものと認定でき、これに反する被告人の供述、証人Bの供述は措信し難い。

また、弁護人の主張中、正当防衛を言う点も前提たる事実を異にするものであって、理由のないことは明かである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実は、「被告人は、ほか数一〇名とともに、昭和六一年五月一一日、「異議あり!植樹祭関西実行委員会」(代表桑原重夫)主催の第三七回植樹祭反対の集会及び集団示威行動に参加する目的で、その集合場所である大阪府堺市大浜北町四丁二番堺市大浜公園に赴いたが、同日午前八時五〇分ころ、同公園東出入口付近において、同集会及び集団示威行動参加者による不法事犯の発生を予防するため職務質問等の任務に従事していた大阪府警察管区機動隊第一三中隊第二小隊第二分隊員巡査Aに対し、やにわに同人所携の金属製楯に体当たりするなどして、楯の上部を同人の上あご中切歯等に突き当てる暴行を加え、もって同巡査の前記職務の執行を妨害するとともに右暴行により同巡査に対し、通院加療約三〇日間を要する上あご中切歯根膜炎等の傷害を負わせたものである。」というのであるが、右公訴事実中、被告人がA巡査に対し暴行を加え、これに傷害を負せたとの点については前判示のとおり被告人は有罪と認められるものの、A巡査の右公務の適法性については、これを認めるに足りる証拠がなく、結局、右公訴事実中公務執行妨害罪の点については被告人は無罪である。

その理由は以下に述べるとおりである。

一関係証拠によれば本件前後の経緯は概ね次のとおりである。

1  釜日労は日雇労働者の社会的地位の向上を目指して昭和五一年六月一日結成された労働組合であるが、昭和六一年五月一一日大阪府堺市で開催される、天皇出席の植樹祭は同年四月二九日の天皇誕生日に東京で行なわれた天皇在位六〇周年式典の奉祝行事の一環として天皇制の復活・強化を意図したものであるとの認識から、同日行われる、これに反対する趣旨の集会(異議あり―・植樹祭、関西実行委員会主催、以下「本件集会」という。)に参加することを決めた。

本件集会及びこれに引続いて行なわれるデモ行進は植樹祭と同じ日、同じ大阪府堺市で行なわれるもので、午前九時から集会し、一時間位でデモ行進に移る予定であり、デモ行進についてはフランスデモなど交通の妨げとなる行進の禁止、或いは石など危険物を持たないことが許可条件となっていたが、天皇の行幸のコースと一部交差するコースが予定され、時間が一時間位ずれると天皇の行幸と重なることも予想されないではなく、また右翼団体との衝突の可能性もあった。

2  そこで、釜日労は昭和六一年五月一一日午前五時ころから大阪市西成区所在のあいりん総合センターで集会を開いた後、午前八時前ころ、釜日労所有のバス(勝利号)にプラカード、旗竿を積んで七〇名位が乗車し、バスに乗り切れなかった二〇名位が電車を利用して(以下「徒歩グループ」という。)、それぞれ本件集会の開かれる判示大浜公園に向かった。

被告人は東京の山谷争議団構成員であって山谷に住む日雇労働者の労働相談等に従事していたが、昭和六一年四月中ごろ、本件集会のことを聞いてこれに参加することを決め、集会前夜の同年五月一〇日来阪し、翌一一日午前五時ころから西成での釜日労の右集会に参加した後、前記勝利号に乗って大浜公園に向かった。

3  当日大浜公園で警備を担当したのは大阪府警察管区機動隊第四大隊第一三中隊一〇六名(中隊長F)であったが、同隊は同日午前八時一六分大浜公園に到着し、約二〇人を同公園東出入口前付近に配置し警戒にあたったほか、同公園内外の検索にあたっていた。同日午前八時三〇分ころ、警備本部から現場に「西成で釜日労或いは一般労働者が集まり約六、七〇名が釜日労の所有するバスに乗車し、プラカード、旗竿等を幾らか分らないけれども積載し出発した。また二〇名位は電車で集会現場の方へ向かった。」旨の警備情報が入った。

同日午前八時三七分、釜日労の徒歩グループ二〇名位が大浜公園東出入口に到着したが間もなく勝利号も到着した。大隊長はF中隊長に検問の必要性を指示し、これに応じ警備にあたっていた警察官が検問を受けるよう説得を始め、東出入口前に居た二〇名位の警察官は横に並び検問にあたろうとしたが、釜日労の者達は、徒歩グループ二〇名位にバスから降りた者が加わり三〇名位になって、「検問を受ける必要はない。通さんかい。」などと言いながら横に並んでいる警察官に対し、集団で押し始め、更に人数も増え、どんどん警察官側を押し込んだ。これを見て現場の指揮にあたっていたFは公園内外の検索、警戒にあたっていたAを含む機動隊員を呼び集め、警官側も九〇名位となって釜日労集団を止め、双方九〇名位ずつ対峙する状況となった。警察官側はその間も「職務質問に応じなさい。持っているものを見せなさい。」などと検問を受けるよう説得を繰り返していた。しばらく対峙の状態が続いた後、釜日労の集団が若干下がり五、六列に並び出したのでFは検問に応じるのではないかと考え、釜日労集団を中に入れるため中央を下げた形の「コの字」になるよう機動隊員に指示し、機動隊員は阻止部隊を残して七〇名位で「コの字型」の検問体形を作った。すると、釜日労側は「わっしょい。わっしょい。」と言いながら勢いよくその中に飛び込んで行き、集会場方向にあたる北側方向に押し進んだ。そこで、Fは釜日労全員が入っては危険と感じ分断を指示し、検問体形の中に釜日労集団二〇名位を入れ、「コの字型」のあいてる部分に分断部隊を横に並べ阻止線を形成し釜日労集団を分断し、職務質問、所持品検査に応じるよう説得を繰り返した。釜日労の側からは「通せ。通せ。ポリ公帰らんか。」などとこれを拒否する声が出ており、説得に応ずる気配はなかった。

4  Aは右分断部隊に加わって阻止線の前列左側端に楯を横にして持っており、分断された後の釜日労集団と対峙していたが、被告人がそのわきをすり抜けようとするのをAが楯で阻止した後本件が発生した。被告人が同日午前八時五〇分現行犯逮捕された後釜日労集団は静かになり、所持品検査が実施された。しかし、釜日労集団の中からは、なお、「何でそんなことすんのや。見せたくない。見せる必要もない。」などと抗議の声が出ていた。これに対し機動隊員が、一人ずつ通れる程度にトンネル様の通路を形作って並び釜日労の者を一人ずつ通し、「何か持ち物ないか。」などと言いながらポケットを外からパンパン叩くようにして所持品検査を行ない中にはビニール袋を引きちぎるようにとって見た者もいた。しかし、結局バスの中を含め、危険物は何も発見されなかった。

以上の事実が認められる(なお、検問実施に移る経過について証人Fは、釜日労が集団となって公園内に押し入ろうとしたので検問を実施するよう指示した旨供述しているが、右供述は前記認定の経緯に照らし、措信できない。)。

二Aは、前判示のとおり、検問の実施を容易ならしめるために釜日労の集団を分断すべく形成された阻止線の一翼をになっていたわけであるから、Aの公務の適法性は結局釜日労集団に対する検問の適法性に帰することになる。ところで、いわゆる検問とは、職務質問及びこれに附随する所持品検査を指すと解されるから、検問が適法であるというためには、職務質問の要件を備えると共に所持品検査としても適法なものでなければならない。

三不審事由の存在

前記認定事実によれば、釜日労が大浜公園東出入口に到着した時点において、警備を担当していた警察官らは検問を実施すべくその態勢に入ったのであるから、その時点において警察官職務執行法二条一項にいう職務質問のための要件(不審事由)が備わっている必要がある。ところで、本件の如く専ら将来の犯罪の予防についての職務質問は、同条によれば、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して……何らかの犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由」があればこれを行うことが可能であり、右「異常な挙動その他周囲の事情」とは、現場における相手方の挙動自体及び周囲の客観的状況のほか警察官側のもっている事前の知識や情報等を総合的に考慮し得るものと解される。本件についてこれを見るに、関係証拠によれば、右時点までに警察当局に入っていた情報を総合すると、釜日労はかって大阪市西成区内で一般労働者を集め集団で抗議行動を行なった際警戒にあたっていた警察官に暴行を加え、ガラスビンを投げるなどのことがあり、公務執行妨害罪で検挙された構成員もいたこと、同年四月二〇日本件集会に先だって同一の主催団体で同じく天皇制に反対する集会が行なわれ、釜日労も参加していたがこのときのデモ行進において許可条件に違反した違法デモがあって一般の交通に支障を与え、交通整理等をしていた警察官に集団で体当たりをし或いは旗竿で突くなどの違法行為があったこと、本件集会の主催者である「実行委員会」は「反天皇制のうねりを!関西連帯会議」など約三三の団体から成っていたが、警備にあたる警察当局には、第四インターナショナル日本支部、戦旗共産同、革労協狭間派などという成田空港粉砕、東京サミット、天皇陛下六〇周年記念式典爆破を叫ぶ相当過激な活動をする集団も本件集会に参加するとの情報も入っていたこと、そして、本件集会は、左右の見解がかなり激しく対立すると思われる天皇制をめぐる問題を扱い、しかも、このような状況下において釜日労が集団で会場に到着したのであるから合理的に判断して釜日労が条件違反のデモ行進をし或いは警備の警察官や右翼と衝突をするなど何らかの犯罪行為に出ると疑うに足りる相当な理由があると言うべきで、本件では釜日労が大浜公園に到着した時点から職務質問の要件(不審事由)は一応存したと認められる。

四所持品検査の適法性

1  職務質問に附随する所持品検査については、これを一般的に許容した明文の規定を欠くが、相手方の承諾があればこれを行うことができ、かつ、その限度において行うのが原則であると解される。そこで、本件の所持品検査が釜日労集団の承諾を得てなされたものか否かにつき検討するに前記認定の一連の事実すなはち、釜日労集団が大浜公園に到着すると警察官らは横に並び検問を受けるよう説得したが、釜日労集団はこれを拒否して集団で警察官が横に並んでいる所へ押し進み、公園内に入ろうとしたこと、九〇名位の釜日労集団に対し同程度の警察官が前に立ちはだかって釜日労集団が検問を拒否したまま公園内へ入って行くのを阻止したこと、更に一時対峙した後、Fが釜日労集団は検問に応じるのではないかと考え「コの字型」検問体形を指示して釜日労集団を入れた際も釜日労集団は本件集会場方向へ向けて警察官を押し進め検問に応じる態度を示さなかったこと、釜日労集団を分断するための阻止線を張った後も所持品検査に応ずる気配がなかったこと、「コの字型」の内部における所持品検査はその態様からして釜日労集団の承諾に基づくものとは認め難いこと、被告人の本件犯行後釜日労集団は静かになり所持品検査が実施されたというのであるが、なお釜日労集団の中からは明確に拒否の声が上がっていたこと及び本件を始め逮捕者二名が出た後のことでしかも機動隊員が形作った前記トンネル様の通路を通り所持品検査を受けないと本件集会に参加できない状況にあったこと、以上の事実を考慮すると釜日労集団が警察官のする所持品検査を承諾していたものと認めることはできない。

2  次いで、相手方の承諾のない場合の所持品検査として本件所持品検査が適法であったか否か検討するに、このような相手方の承諾に基づかない所持品検査は捜索に至らない程度の行為であって、強制にわたらず、所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、例外的に許容されるものと解すべきである(最判昭和五三年六月二〇日、刑集三二巻四号六七〇頁参照)。そして所持品検査の必要性、緊急性の有無を判断するためには、容疑犯罪の軽重、容疑の濃淡、兇器ないし危険物所持の疑いの有無など考慮すべきである。本件についてこれを見るに釜日労集団に対する不審事由すなわち「何らかの犯罪を犯そうとしている疑い」は一応存することは前認定のとおりであるが、その疑いはもともとそれほど高い蓋然性をもつものとは言い難い上、前記認定事実によれば四月二〇日の集会、デモ行進についても釜日労自体が兇器ないし危険物を所持したり石やビンを投げた事実はこれを認めるにたりる証拠がなく、また警備当局が把握していた情報等を全て考慮しても本件集会に参加するため大浜公園に到着した釜日労が所持していると疑わせるものはプラカード、旗竿であって、石とかビンなどの危険物を所持したり、プラカードや旗竿に細工を施したことを疑わせるような具体的な事情は何もなかったと言うべきである。

現に、本件で検問が必要と判断される機縁となった警察官側の具体的情報は、前認定のとおり、「釜日労がバスにプラカード等を積んで会場へ向った。」というに過ぎないのである。その後所持品検査に至る経過中にも釜日労集団が兇器ないし危険物を所持するに至ったとか所持していることを疑わせるような事態が生じた形跡もない。従って、釜日労が本件所持品検査に際し兇器ないし危険物を所持している蓋然性は高いとはとうてい言えない状況であり、結局本件では所持品検査の必要性、緊急性は乏しかったと言うべきである(プラカードや旗竿に危険な細工を施しているか否かはこれを検するだけでたりる。)。

この点検察官は釜日労が集団となって無理に入園しようとしたことをもって危険物を隠し持っているのではないかとの疑いを生ぜしめる事実である旨の主張をし、証人Fもこれに沿う供述をして当時所持品検査の必要性が高まった旨述べるのである。なるほど一般論としては、職務質問ないし所持品検査に対し理由なくこれを拒否すれば、その態度自体から不審事由の存在が高められ或いは所持品検査の必要性が高まるといえなくもないが、前記認定の一連の事実経過に徴すると釜日労はもともと職務質問等警察官の活動に対し拒否的態度が強くその故に検問を拒否していることがうかがわれるからこれが集団となって無理に入園しようとしたからといって危険物を所持している疑いが強まるというものではなく、右検察官の主張やF供述は当を得ないものである。

一方、本件のごとき政治的集会への参加者に対する検問すなわち職務質問ないしこれに附随する所持品検査は、相手方の承諾に基づかないときには、これを受ける者の所持品に関する法益を侵害するのみならず、間接的には集会参加の自由にも影響するところがある点をも考慮しなければならない。

してみると、本件所持品検査はその必要性、緊急性が乏しくこれによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡を考慮すると相手方の承諾なくなされた点において違法と言わざるを得ないものである。

五結論

Aの公務の適法性は、前述したとおり、本件検問の適法性に帰し、本件検問が相手方の承諾を得ない所持品検査として不適法である以上、本件公訴事実のうち公務執行妨害罪についてはAの公務の適法性の要件を欠くこととなり、被告人に公務執行妨害罪は成立せず、公務執行妨害罪について被告人は無罪であるが、この罪は判示傷害の罪と観念的競合の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井一正 裁判官櫻井良一 裁判官髙山光明)

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